これがふかくらの味 開発スタッフが胸を張る「くま吉シリーズ」

「くま吉シリーズ」の開発スタッフは5人、彼らが目指したのは「スーパーマーケットなど量販店は手に入りにくい限定的商品」そして「社員が一丸となって売っていくにふさわしい、品質にこだわった逸品」でした。

開発スタッフは、原料の魚、味付けの決め手となる塩などを徹底的に吟味しました。
さらに、味噌漬け・粕漬けは何時間が最適か、味は均等に滲み込んでいるか、試食を何十回と繰り返し、逸品として納得のいく味に仕上げていきました。

苦労の末に生まれた「くま吉シリーズ」。
“これがふかくらの干物だと胸を張って言えるのがうれしい”開発スタッフの一人は笑顔でそう語ります。

もうすぐ、くま吉さんがくるよ

おいしい魚を持って来るよ。
ふかくらの創業者、明治生まれの深沢熊吉。
清水の町の人々にとって、くま吉はちょっと特別な存在でした。

くま吉は、息子が港で獲ってきたしらすを自ら釜揚げにし、それを行商していました。
釜揚げのおいしさは町でも評判で、人々はくま吉が来ると先を争って買い求めました。

ところがくま吉は、自分が気に入ったお客にしか売らなかったのです。
その理由は、目先の利益より、自分が作った釜揚げをほんとうに気に入り、心から味わってくれる人を大事にしたかったから。

くま吉の思いは、現代のふかくらに受け継がれています。百年もの間、なによりも味を大切にしてきたのは、ふかくらの魚を心待ちにしてくださるたくさんのお客様がいるからです。

港を友、海を母として生きる老舗企業ふかくら

日本一の富士山を仰ぎ見る天然の良港、清水港とともに栄えてきた清水。
ふかくらは、先祖代々この町に暮らし、港に揚がる水産物を糧として一歩一歩、会社を成長させてきました。

昭和四十年代、高度経済成長期の港のにぎわいは大変なものでした。
運河に浮かぶ何隻もの漁船、編みの手入れをする漁師たち、大勢の魚屋がひしめく市場…
港の情景も今ではずいぶん変わりましたが、ふかくらの地元への愛着は不変です。

港を友、海を母として、これからも清水の水産業に貢献していきます。
そして、清水港から駿河湾、太平洋へと続く海に人々の食生活を支える恵みがある限り、ふかくらはおいしい干物づくりに精魂をこめます。